31歳女性 余命宣告された父、生前から家の片付けをしていきました。

 父を亡くした時の話です。
 私は父と弟の3人家族でした。母は子供の頃に離婚をしていたので今、連絡を取ったり会っているということもなく、全く関わりがありません。
5 年前、父が癌だと診断されそこから闘病生活が始まりました。2年、3年と経っていくうちに症状がよくなることはなく、今年の春に亡くなりました。
 半年前から覚悟はしていたので、インターネットで相続のことや今後どのようにしていけばよいかを調べていくうちに、「遺品の整理・家の片付けはしていった方がよい」とアドバイスが書かれてありました。
 「亡くなってもいないのに・・・」とさみしい気持ちが9割。私より早く動いたのは弟でした。その弟の姿をみると「しなくては」と割り切ってできることから家の片付けを始めました。
 私の家は一戸建てで、祖父母の時代に農業をしていたので納屋や倉庫、古い家など、敷地の中に建物が複数あり、捨てきれなかった昔の食器や着物、服、農機具などたくさんのもので溢れていました。まずは父の身辺より家の片付けを始めました。時間のあるときにしていたのですが、すごい量のものでした。
そうこうしているうちに父が亡くなってしまいました。遺族も慌ただしい日々がしばらく続き、数日で落ち着くということはありませんでした。そして、亡くなる前は予想もしていなかったのですが、なにかと家に来客があります。近所の人、自治会の人、お寺さんに葬儀会社の人など、亡くなってからしばらくは来客の対応にも追われます。庭の草刈り、木の剪定なども1ヶ月以内に済ませておきました。
 気持ちはもちろん追いついていませんでした。しかしこの点では「家の片付けは早くからしていた方がいい」ということが身にしみて分りました。
 父も長くは生きられないということを自身で分かっていたので、通帳や家の権利証や登記登録証、印鑑などの重要書類は一纏めにしてくれていたのでとても助かりました。
 身辺が落ち着いたころ、家の片付けと合わせて父の遺品整理も始まりました。
 父は本をたくさん読む人だったので、本の量が多かったです。捨てなければならないのですが、今までずっとあったものを捨てるというのはやはり大変なことなのだと痛感しました。
「残して置きたい」という気持ちと「片付けなければ」という気持ち。そして「捨ててしまう=父の存在が亡くなってしまう」という気持ちが交差していました。
 父が亡くなる前から始めた家の片付けと遺品整理。最終的にかかった時間は3ヶ月ほどでした。
 死は誰もに平等に訪れてその日が明日になるか1年、2年後になるかは分りません。私の父は余命宣告されていたので私を含め遺族の心の準備もできていました。葬儀の前後は慌ただしく、落ち着く間もないです。つらく、さみしい気持ちになりますが生前から「本人の部屋以外のもので、捨てることのできる家にあるもの」は捨てていき、家の片付けをしておく。そうすることによって、家のことは気にせず葬儀の時に父との最期の時間を過ごすことができました。