当時40歳 母親の遺品整理の辛さと感謝

こんにちは、自分の経験は母親です。
 私は8年間ほど母親の介護をしておりました。仕事が終わるとほぼ毎日母親の家により、顔を見せます。
8年間もづづけていると日課になり、亡くなってもついつい寄ろうとしてしまいます。
 病院で亡くなり、その後母が住んでいたマンションを片付けなくてはならないので、仕事終わりに、母親のいなくなった部屋を何日間か通いました。
 家電は業者さんに査定してもらい、何千円か頂きました。洋服などはお金にならない。一番かたずけをしていて胸が絞めつけられるは写真でした。家族の写真、母の若い時の写真、自分を含めて子供と戯れる母の写真は40過ぎの私でも目頭が熱くなり、胸が絞めつけられるようでした。
 少しづづ片付けながら、自分の場合は後悔がよぎります、こうすればよかった、ああすればよかった、もっと色々出来たような…
残念な気持ちが強かった。一人暮らしから病院へ、最後は夜中に病院で亡くなっていた。孤独だったよな、一緒に住めていれば、自分が情けなく、辛い。母親の被っていた帽子が自分にはなんか物悲しい。
 だけど一つ一つビニール袋に入れて片付ける。こんなの着てたな、こんなの持ってたかな?淡々とやるしかない。
 仕事中に何度も電話をよこして、自分は面倒でもう嫌になって、怒鳴ってしまったこと、申し訳ないことばかりが頭によぎる。今思えば、帰りによって愚痴をはいていたこともあった。面倒だと思いつつも本当は自分に必要な時間だったかもしれない大事な時間だったような気がします。そんなことがわかるのはそれから何年も後のこと。「仕事に負けるなあ」と小さな声で母親が、私に声をかけた言葉が今でも忘れられない。自分の愚痴を聞いてくれて励ましてくれたんです、自分が面倒を見ているつもりでしたが実は自分も見てもらっていたのではないか?年々それに気づく。片づけが終わった部屋は綺麗でした、何もない。
 もうここへは来ることもない、軽く会釈して部屋を出た。 片づけが終わりホッとした気持ちと、寂しさと複雑な気持ちで、これからもう来る必要のない部屋のドアを閉めました。